横から失礼します

時間だけはある退職者が、ボケ対策にブログをやっています。

邪馬台国

「會稽東治」と「會稽東冶」

「會稽東治」と「會稽東冶」について考えた話です 見て見ぬふりをしていました ニスイかサンズイかが問題だ 一字違うと大違い 私は「會稽東治の東」派 実はどちらでもいい 見て見ぬふりをしていました 前回の記事では、『魏志倭人伝』における「會稽東冶の東…

「會稽東冶の東」も情報操作だ

「會稽東冶の東」について考えた話です 邪馬台国は大月氏に比肩する大国 ただし方位は曖昧 風俗の記述の中に 「會稽東冶の東」を思いつく 邪馬台国は大月氏に比肩する大国 以前の記事で、陳寿は、旅程を情報操作することにより、西の大国大月氏と同程度の東…

古墳時代にやって来た人たち

古墳時代に日本にやって来た人たちについて考えた話です 古墳時代に大陸から集団が 日本は蛮族の地 動乱を逃れた? 邪馬台国東遷説との関係 古墳時代に大陸から集団が 日本人の由来に関しては、最初に定住していた縄文人と、その後に稲作と共にやって来た弥…

末廬国と松浦

末廬国と松浦について考えた話です。 末廬国と松浦が気になる 気になる背景 背景には東遷が 沿岸の防衛 末廬国と松浦が気になる 本ブログでは、邪馬台国の位置として宇佐説を採っているわけですが、その前提のひとつとして、壱岐(一大国)からの行程を、通…

邪馬台国までは一万二千里(その3)

邪馬台国までの距離について考えた話(その3)です 今回の話 陳寿の情報操作 大月氏は遠い 一万二千里の正体 そして東方の大国に 今回の話 さて今回は、その2で思わせぶりに終わった、邪馬台国までの距離がなぜ一万二千里とされたのかという話になります。…

邪馬台国までは一万二千里(その2)

邪馬台国までの距離について考えた話(その2)です 一万二千里が問題 一万二千里の距離 一万二千里の矛盾 一万二千里のなぜ 一万二千里が問題 その1は、魏志倭人伝に記述が有る様に邪馬台国までの距離が一万二千里だとすると、宇佐説だと距離的に足らなく…

邪馬台国までは一万二千里(その1)

邪馬台国までの距離について考えた話(その1)です 2つの懸案事項 九州への上陸地点 邪馬台国までの距離 距離が足らない 2つの懸案事項 本ブログでは、邪馬台国の位置として、現在の大分県宇佐市の宇佐神宮付近だという立場を採っています。 実は、その説を…

邪馬台国までは一万二千里(その1)

邪馬台国までの距離について考えた話(その1)です 2つの懸案事項 九州への上陸地点 邪馬台国までの距離 距離が足らない 2つの懸案事項 本ブログでは、邪馬台国の位置として、現在の大分県宇佐市の宇佐神宮付近だという立場を採っています。 実は、その説を…

海を渡る、1000余里、末廬国に至る その3

『魏志倭人伝』中の末廬国までの海路について考えた話(その3)です 前回の記事 壱岐と一支国 使者の到着した場所 使者の出発した場所 距離的にも問題ない まとめると 前回の記事 前回の記事で、『魏志倭人伝』に記述が有る、邪馬台国までの旅程の中で、特…

海を渡る、1000余里、末廬国に至る その2

『魏志倭人伝』中の末廬国までの海路について考えた話(その2)です 前回の記事 もう一か所の方位の無い部分 答えを見つけた ネットで調べてみた 前回の記事 前回の記事は、本ブログの邪馬台国論のポイントの一つである、一支国からに渡る部分の記述に方位…

海を渡る、1000余里、末廬国に至る その1

『魏志倭人伝』中の末廬国までの旅程について考えた話(その1)です 宇佐説の根拠の一つ これも陳寿の情報操作か 報告として大丈夫か 宇佐説の根拠の一つ このブログのメインコンテンツだと思っている邪馬台国論ですが、要約すると、その場所は現在の大分県…

邪馬台国サミット2021覚書

「邪馬台国サミット2021」で出た話の覚え書きです。 覚え書き 旅程 会稽東冶の東 鯨面文身 大人皆四五婦 下戸或二三婦 覚え書き NHKBSで元旦に放送された「邪馬台国サミット2021」については、そのの内容を基に、二つの記事を書きました。 yokositu.hatenabl…

前方後円墳の始まり

前方後円墳のあの形状が、どのように始まったのか考えた話です 前方後円墳 なぜ前方で後円なのか 邪馬台国の人々が見ていたもの 卑弥呼の墓の有る情景 前方後円墳の始まり 前方後円墳 前方後円墳の形に関しては、以前の記事でも一度考えたのですが、その時に…

卑弥呼の墓と邪馬台国の位置

卑弥呼の墓と邪馬台国の位置の関係を考えてみた話です 邪馬台国の位置 卑弥呼の墓の位置 墓は見下ろす位置に 広さから考えると 邪馬台国の位置 邪馬台国に位置に関しては、以前の記事で、大分県宇佐市辺りに有ると考えました。 yokositu.hatenablog.com ただ…

卑弥呼の墓と宇佐神宮

卑弥呼の墓と宇佐神宮について考えてみた話です 卑弥呼の墓 赤色立体地図 宇佐神宮を見ると 径百余歩 断面図で見ると 卑弥呼の墓 卑弥呼の墓の場所については、以前の記事で、大分県宇佐市の宇佐神宮では無いかと書きました。 yokositu.hatenablog.com その…

吉備と邪馬台国

前回に続き、「邪馬台国サミット2021」を見て考えた話です。 畿内と間に吉備が有った 吉備という一大勢力 東進説から見ると 神武東征 同盟だったのか 畿内と間に吉備が有った 前回は、NHKBSで元旦に放送された「邪馬台国サミット2021」の内容を基に、三国志…

やはり魏志倭人伝は改竄されたのか

「邪馬台国サミット2021」を見て、考えた話です。 「邪馬台国サミット2021」 魏志倭人伝には情報操作が 陳寿はなんのために改竄したのか 「邪馬台国サミット2021」 正月1日に、「邪馬台国サミット2021」という番組が、NHKBSで放送されました。 近畿説、九州…

邪馬台国東遷と継体天皇(後編)

邪馬台国東遷から、継体天皇の出自について考えてみた話(後編)です。 継体天皇は九州出身 番組での継体天皇像 九州出身による説明 磐井の乱 継体天皇は九州出身 前編で、後に継体天皇となる男大迹王は、九州の出先機関を統べる応神天皇の子孫だったのでは…

邪馬台国東遷と継体天皇(前編)

邪馬台国東遷から、継体天皇の出自について考えてみた話(前編)です。 邪馬台国東遷 東遷と九州 九州の出先機関と大和政権 邪馬台国東遷 前回の記事で、大和政権は、九州に有った邪馬台国が、畿内に東遷し、それを指導した応神天皇から始まった、というのが…

邪馬台国東遷と応神天皇

邪馬台国東遷と応神天皇の関係についての話です。話としては独立していますが、一応前回の話の続きになります。 yokositu.hatenablog.com 宇佐神宮と卑弥呼 宇佐神宮と神功皇后 宇佐神宮と応神天皇 応神天皇以降が実在 宇佐神宮と卑弥呼 以前の記事で、卑弥…

継体天皇は何処から来たのか

継体天皇の出自に関して考えた話です 継体天皇の番組 継体天皇の記事 継体天皇の出自 継体天皇の番組 BSプレミアの番組「英雄たちの選択」で継体天皇の話をやっていました。 概ね、以下のような内容だったと思います。 武烈天皇が後嗣を定めずに亡くなったた…

横穴式石室の伝播と普及

横穴式石室の伝播と普及について考えた話です。 竪穴式と横穴式 埋葬方式は葬送儀式の一部 横穴式石室の伝播 横穴式石室の普及 竪穴式と横穴式 前方後円墳というのは、お墓な訳ですが、その埋葬方式には、勿論細かな違いや例外はありますが、大きく分けて、…

魏志倭人伝の里程

魏志倭人伝の里程についての話です。 知り合いの疑問 里数は概ね正しい 地図に当てはめると 知り合いの疑問 正月休みには、日頃会えない人達とも会えたりするわけですが、その中の一人が、実は古代史好きだと分かって、話が盛り上がりました。 で、私は、こ…

邪馬台国東遷説と日本書紀(後編)

邪馬台国に関しては、東遷説に基づいて、魏志倭人伝から倭の五王まで解釈をしてきましたが、今回は、邪馬台国東遷説から見た、「日本書紀」の対応する部分に関する話(後編)です。 邪馬台国東遷説、ついては、下の記事を、ご覧ください。 yokositu.hatenabl…

邪馬台国東遷説と日本書紀(中編)

邪馬台国に関しては、東遷説に基づいて、魏志倭人伝から倭の五王まで解釈をしてきましたが、今回は、邪馬台国東遷説から見た、「日本書紀」の対応する部分に関する話(中編)です。 邪馬台国東遷説、ついては、下の記事を、ご覧ください。 yokositu.hatenabl…

邪馬台国東遷説と日本書紀(前編)

邪馬台国に関しては、東遷説に基づいて、魏志倭人伝から倭の五王まで話をしてきましたが、今回は、邪馬台国東遷説から見た、「日本書紀」の対応する部分に関する話(前編)です。 邪馬台国東遷説については、下の記事を、ご覧ください。 yokositu.hatenablog…

纏向遺跡は邪馬台国か

纏向遺跡と邪馬台国の関係を考えてみた話です。 纏向遺跡とは 東遷した邪馬台国なのか 無関係なのか 東遷してきた邪馬台国はどこに 纏向遺跡とは 纏向遺跡は、奈良県桜井市にある遺跡で、 弥生時代末期から古墳時代前期にかけてのものである。 東西約2キロ、…

広開土王碑における倭と、倭の五王の事績

邪馬台国東遷説から見て、広開土王碑における倭と、倭の五王の事績を解釈してみた話です。 東遷が完了して 広開土王碑における倭 倭の五王の事績 東遷が完了して 以前の記事で、いわゆる謎の4世紀に、邪馬台国が九州から畿内に東遷したと考えられると書きま…

卑弥呼の墓はここだ

今回は、邪馬台国の位置と並んで議論の的となる、女王卑弥呼の墓についての話です。 邪馬台国は宇佐にあったので 宇佐のどこなのか 宇佐神宮と卑弥呼 邪馬台国は宇佐にあったので 以前の記事で、卑弥呼は宇佐の巫女的存在だったのではないか、邪馬台国はその…

邪馬台国はここに建てられた

以前の記事で、卑弥呼は宇佐の巫女的存在だった、という話をしました。 yokositu.hatenablog.com 今回は、その中で予告した、邪馬台国の位置に関する話です。 卑弥呼共立の条件と同じ 魏志倭人伝の記述 地図上で考えると 卑弥呼共立の条件と同じ 前出の記事…