横から失礼します

時間だけはある退職者が、ボケ対策にブログをやっています。

邪馬台国

邪馬台国東遷説と日本書紀(中編)

邪馬台国に関しては、東遷説に基づいて、魏志倭人伝から倭の五王まで解釈をしてきましたが、今回は、邪馬台国東遷説から見た、「日本書紀」の対応する部分に関する話(中編)です。 邪馬台国東遷説、ついては、下の記事を、ご覧ください。 yokositu.hatenabl…

邪馬台国東遷説と日本書紀(前編)

邪馬台国に関しては、東遷説に基づいて、魏志倭人伝から倭の五王まで話をしてきましたが、今回は、邪馬台国東遷説から見た、「日本書紀」の対応する部分に関する話(前編)です。 邪馬台国東遷説については、下の記事を、ご覧ください。 yokositu.hatenablog…

纏向遺跡は邪馬台国か

纏向遺跡と邪馬台国の関係を考えてみた話です。 纏向遺跡とは 東遷した邪馬台国なのか 無関係なのか 東遷してきた邪馬台国はどこに 纏向遺跡とは 纏向遺跡は、奈良県桜井市にある遺跡で、 弥生時代末期から古墳時代前期にかけてのものである。 東西約2キロ、…

広開土王碑における倭と、倭の五王の事績

邪馬台国東遷説から見て、広開土王碑における倭と、倭の五王の事績を解釈してみた話です。 東遷が完了して 広開土王碑における倭 倭の五王の事績 東遷が完了して 以前の記事で、いわゆる謎の4世紀に、邪馬台国が九州から畿内に東遷したと考えられると書きま…

卑弥呼の墓はここだ

今回は、邪馬台国の位置と並んで議論の的となる、女王卑弥呼の墓についての話です。 邪馬台国は宇佐にあったので 宇佐のどこなのか 宇佐神宮と卑弥呼 邪馬台国は宇佐にあったので 以前の記事で、卑弥呼は宇佐の巫女的存在だったのではないか、邪馬台国はその…

邪馬台国はここに建てられた

以前の記事で、卑弥呼は宇佐の巫女的存在だった、という話をしました。 yokositu.hatenablog.com 今回は、その中で予告した、邪馬台国の位置に関する話です。 卑弥呼共立の条件と同じ 魏志倭人伝の記述 地図上で考えると 卑弥呼共立の条件と同じ 前出の記事…

道鏡事件から考える卑弥呼

道鏡事件の気になる点について考えたら、卑弥呼に行き着いた、という話です。 道鏡事件とは 道鏡事件の気になる点は 邪馬台国時代からつづく関係と考えれば 卑弥呼は、宇佐の巫女的存在だった 魏志倭人伝の記述からも 道鏡事件とは 先ず、道鏡事件について、…

邪馬台国はどうなってしまったのか

以前に、邪馬台国は九州に有ったと思われる、という話をしました。 yokositu.hatenablog.com 今回は、「魏志倭人伝」以降、忽然と歴史の流れの中に消えてしまったかに思える邪馬台国が、その後どうなったのか、という話です。 当時の中国の状況 朝鮮半島にも…

邪馬台国への旅程改ざんの詳細

以前に、以下の記事で、「魏志倭人伝」における、邪馬台国への旅程の改ざん疑惑について話しました。 yokositu.hatenablog.com 今回は、その旅程改ざんの内容を、少し具体的に検討した話です。 邪馬台国への旅程 「魏志倭人伝」にヒントが 何処を改ざんした…

「魏志倭人伝」の正式名称から分かること

「魏志倭人伝」の正式名称について考えると、陳寿の改ざん疑惑に対する、状況証拠が見えてくる、という話です。yokositu.hatenablog.com 「魏志倭人伝」の正式名称 烏丸鮮卑東夷伝倭人条とは 西戎,南蛮についての記述は 「魏志倭人伝」の正式名称 「魏志倭…

邪馬台国が7万戸は、いくらなんでも多すぎないか

以前の記事で、邪馬台国への旅程は、「魏志倭人伝」の作者陳寿が改ざんしたのではないか、という話をしました。 yokositu.hatenablog.com 今回は、それに関連して、戸数に関しても怪しいのではないか、という話です。 7万戸はいくらなんでも多すぎないか や…

「魏志倭人伝」の作者は、なぜ旅程を改ざんしたのか

今回は、「魏志倭人伝」の作者は、なぜ旅程を改ざんしたのか、についての話です。これは、以前の話の続きとなります。 yokositu.hatenablog.com 「魏志倭人伝」とは。作者とは。 正史をまとめる背景 なぜ改ざんしたのか 「魏志倭人伝」とは。作者とは。 改ざ…

邪馬台国の場所は、〇〇の何処かだ

邪馬台国に関する最大の問題は、何と言ってもその場所が特定できないということだと思います。そこで、色々と見聞きしてきたものの中で、私が納得できた説を基にした、ここじゃないかなあ、という話です。 なぜ場所が特定できないのか どこだと考えられてい…