ローマ帝国と現代日本について考えた話です。
ここ最近、書籍、TV番組等々立て続けにローマ帝国に関しての情報に触れることが続きました。
こういった現象は、よくある情報に意識を向けると、その情報に関連するものが目につきやすくなるため、同じような情報に何度も出会ったように感じる、といった言い方をされることが有り在ります。
しかし、書籍などはこちらが選んでいるのでそういったことがあるかもしれませんが、TVでは明らかに複数の放送局で同じような対象を扱った番組が集中することが有るように思うのですが。
何か、世間の興味があるものを調べたデータとかあるんでしょうかね。
それはともかくとして、色々とローマ帝国について見ていると、ローマ帝国と現代日本には意外と似ている点があるんじゃないかと思ったのです。
先進的社会
言うまでも無く、ローマ帝国は古代社会において先進的な国家だったと言えるでしょう。
軍事、政治システム、統治システム、建築、公共事業等様々な分野で、当時の最先端を走っていたのは間違いのないところでしょう。
それに対して、現代日本も、時代の最先端を走っているかと言われれば、多くの分野では近年の状況は苦しいと言わざるを得ないところですが、まだまだ先進的な位置を占めているといってもそれ程非難の声は上がらないでしょう。
輸入品に依存
ローマ帝国時代のローマの人口は、最盛期で100万人以上だったようです。
当然これだけの人口は、ローマ周辺の生産物だけでは生活することが出来ません。
そのため、ローマ帝国は常時大量の物資を、広大な属州から輸入していたのです。
個人的には、帝国の拡大政策の背景の一つに、人口増加に対応した物資の必要量の増加というのが有ったのでないかと考えています。
現代日本も、海外からの輸入に頼っているのは、ご存じのとおりです。
特に食料の輸入が途絶えれば、ひとたまりもないのは明らかです。
格差のある社会
ローマ帝国では国民は、主なものとして貴族、騎士、平民、奴隷などの階級に分かれていました。
身分という厳然たる格差のある社会だったのです。
現代の日本はどうでしょう。
現代日本には、法的には身分制度は存在しません。
しかし経済的な格差というのが存在しています。
近年では、この格差が固定化されているのではないかという指摘もされるようになっています。
働いても食べていくのがやっと、へたをしたら生活保護以下という話もあったりします。
これなどは、ローマ帝国時代の奴隷よりもひどい状況ではないかと思います。
主人にもよるでしょうが、奴隷は衣食住は供給されていたはずですし、都市部の奴隷は金銭や物などの個人財産を持つことも許されていたようです。
娯楽
ローマ帝国の都市の遺跡の多くに、闘技場、劇場が造られていることが知られています。
特にローマの闘技場コロッセオが有名です。
民衆に娯楽を提供するために造られたと考えられています。
中でも剣闘士による戦いは非常に人気が有りました。
奴隷が死ぬまで戦わされたわけでは無く、民衆に人気の出る者がいたり、多額の金銭を得たり、恋人を持ったり家庭を作ることも出来たようです。
現代日本ではどうでしょう。
多くの市区町村に、体育館、競技場、文化会館などがあり、都市にはプロのための野球場、サッカー場等が多く造られています。
スポーツを中心に、多くの娯楽が楽しまれています。
中でも、野球、サッカーは人気が有り、大谷選手のように多額の金銭を得るものも少なくありませんし、勿論家庭も持てます。
韻を踏んでいる?
以上、結構ローマ帝国と現代日本には、似ているところが有ると思うのですが。
勿論、一から十まで全く同じという事は無く、マーク・トウェインが「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」といったように、少なくない韻を踏んでいるという事なのかもしれません。
滅亡という韻は踏まないようにしたいものです。
ではでは