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芸術としての写楽

芸術としての写楽について考えた話です。

 

 

前回の話

 前回の記事では、写楽の謎について考えました。

 

yokositu.hatenablog.com

 

その独特なインパクトの強い大首絵で有名な写楽ですが、10か月という短い活動期間と、その間に4期に分類されるほどの作風の変化という点から、謎の絵師としても有名です。

浮世絵の絵師と版元の関係と、現代の漫画家と編集者の関係の類似性から、写楽は現代の新人漫画家のような存在だったのではないかと考えました。

蔦谷重三郎という編集者(版元)に見いだされて、大首絵でデビューしたのですが、人気が出なかった。

その後様々なテコ入れ行われ、それがが2期から4期までの作風の変化となったのです。

それでも人気は上がらず、残念ながら10か月で打ち切られてしまったというのが、写楽の謎の正体だという話でした。

早かったのか

 その芽が出なかった写楽ですが、現代では高い評価をされています。

2009年には、パリのオークションで写楽の作品に5360万円の値段が付きました。

江戸時代に10か月で消えていった程評価されなかった写楽が、現代にこれほど評価されているのはどうしてなのでしょう。

生まれてくるのが早すぎ、今になって時代が追い付いてきたということなのでしょうか。

浮世絵のブーム

 評価という点では、その他の浮世絵も同じようなことが言えます。

明治時代になっても、浮世絵はポスターのような扱いであり、道端の露店などで「よりどり1銭」で売られていたようです。

最近の古本屋の店頭にある「100円均一」のワゴンセールのようなものでしょうか。

ところが19世紀初めごろから西洋に大量に輸出され、ヨーロッパでブームが起きたことが転機になり、価格が高騰し始めます。

ヨーロッパで、浮世絵が高額で取引されていたので、国内でも高騰したのです。

写楽もこの流れに乗ったといってもいいでしょう。

写楽が早かったわけではなさそうです。

芸術ではあるが

 ドイツの美術研究家ユリウス・クルトが『SHARAKU』(明治43年(1910年))の中で高く評価したことから、日本国内でも写楽の再評価が行われるようになったようです。

これは結局のところ、以前の記事で描いた、「説明の必要な芸術」と言えるかもしれません。

 

yokositu.hatenablog.com

 

また、浮世絵は版画ですから、現代でも素人目には違いが分からないような再現複製が作られています。

その値段は、数万円程度となっています。

パリのオークションでの5360万円という結果と合わせて考えると、写楽も「市場経済的芸術」であるということが出来るかもしれません。

 

yokositu.hatenablog.com

 


 大谷さんは1014億円ですか。彼も、そのすごさは芸術的ということで、「市場経済的」な何かなのでしょうね。


ではでは