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時間だけはある退職者が、ボケ対策にブログをやっています。

我々は攻撃的なのか

我々人類の攻撃性について考えた話です。

 

 

歴史を見ると

 我々人類の特徴として、その攻撃性について言及される事が有ります。

確かに、文字によって記録された歴史を見ると、その多くが戦いの歴史で有る事が分かります。

また、その攻撃性をほかの動物と比較して語られる事も有ります。

勿論、野生の動物も戦わないわけではありません。

狩るものとかられるものとしてとか、メスを巡ってオスが争うとか、縄張りを巡って争うとか、様々な場面で争います。

その上で良く言われるのが、動物は狩りの場合を除いて、相手の命を奪うところまで争わないとい事でしょうか。

まるで我々人類は、戦う事が遺伝子に書き込まれれているかのようだという訳です。

戦いの歴史だが

 確かに、記録された歴史は戦いの連続と言われてもしょうが無いものである事は否定しません。

しかし、しょせん歴史は権力者の歴史なので、どうしても戦いの連続になりがちです。

つまり、権力者が戦いを好むとまでは言いませんが、権力者が戦いを行ってきた結果を記録しているだけだとも言えます。

それをもって、我々人類が攻撃的と言われてもチョット困るよな、というところでしょうか。

いつも争いの当事者全てが、戦いたいと思っていたわけでは無いのです。

どちらかといえば、権力者は攻撃的という事は言えるかもしれませんが。

殺さない動物

 記録された歴史についてはそういう事なのですが、それ以前にも人類が殺し合っていた証拠も見つかっています。

今のところ一番古い証拠は、ケニアで発掘された約一万年前の27人の遺骨のようです。

これらの遺骨は、石の武器が食い込んでいる骨や、鈍器で殴られ、粉砕された頭蓋骨などから、暴力により虐殺されたものと考えられているようです。

それに対して、野生の動物は、争う事はあっても、狩り以外で相手を殺すところまで追い込まない、と言われてきました。

テレビの動物番組でも、そういった場面を見て来たと思います。

ところがこれについては、近年になって、縄張りを広げるために他の群れのメンバーを殺すチンパンジーが発見されるなどして、見直しが進んでいるようです。

殺すところまで行ってしまうのは、人間だけではなさそうです。

それでも、圧倒的に人間の方がその頻度は多いのはなぜでしょう。

動物との違い

 ところで我々人類は、もとはサルの一種から進化してきたわけです。

当然、他の動物のように、メスを巡って争う事や、縄張りを巡って争うような事もあったはずです。

その時に人類には、道具という他の動物にはないものが在りました。

道具(こん棒とか弓矢とか)を使う事により、結果として命を奪うところまでいくことになってしまったのです。

人類が特段攻撃的なのではなく、道具の攻撃力が強いという事ではないでしょうか。


 道具を使う知能を持った事が問題だと言われればそれまでですが。


ではでは