『日本書紀』創られた日本 17 神代についての話 7です。
今少し寄り道
前回は、『日本書紀』の話から寄り道をして、狗邪韓国について考えました。
結論としては、狗邪韓国は、倭の国ではあるが邪馬台国連合の構成国ではないと考えられるというものでした。
ということなのですが、狗邪韓国について調べている時に気になる情報を、そこかしこで見かけたのです。
今回は、今少し狗邪韓国関連で寄り道をして、その気になる情報について考えたいと思います。
弁辰狗邪国
その気になる情報というのは、狗邪韓国と弁辰狗邪国が同じものだというものです。
これのどこが気になるのか説明するために、先ず弁辰狗邪国について見てみます。
狗邪韓国の名前が出て来た『魏志倭人伝』は、魏の正史である『魏志』の中の「倭人」について書かれたものという事になります。
その『魏志』には、その他の地域についても書かれていて、その中に「韓」についても記述が有ります(以下『魏志韓伝』)。
それによると、朝鮮半島南部を韓と呼び、馬韓、辰韓、弁韓の3つからなっていると書かれています。
その中の弁韓は12ヶ国に分かれており、その中の1国が弁辰狗邪国なのです。
という事は、弁韓の弁辰狗邪国と狗邪韓国が同じ国であるならば、狗邪韓国も韓の国という事になってしまいます。
狗邪韓国は、倭ではないのでしょうか。
南は倭と接す
『魏志韓伝』によれば、韓について、「南は倭と接す」という記述も有ります。
さらに、12ヶ国の内の一つ「弁辰瀆盧国が倭と接する」とも有ります。
ここまでの韓についての記述をもう一度纏めると、
1.韓は倭と接する
2.韓の一部弁韓は12ヶ国から成り、その中に弁辰狗邪国、弁辰瀆盧国がある
3.弁辰瀆盧国は倭と接する
となります。
これらの内容を見ると、明らかに弁辰瀆盧国と接する倭と弁辰狗邪国は別のものとして扱っています。
朝鮮半島南部には、弁辰瀆盧国と接する形での弁辰狗邪国ではない倭の存在が必要なことになります。
それが、沙都島(巨済島)に有ったと考えられる、狗邪韓国だとすれば整合性は有ることになります。
結果として、狗邪韓国と、弁辰狗邪国が同一ではないと言ってよさそうです。
次回の更新は、正月の不摂生が祟っていなければ、1月4日の予定です。
どうぞ良いお年をお迎えください。
ではでは