『日本書紀』創られた日本 27 神代についての話 17です。
組み込まれたスサノオ
アマテラスと姉弟の関係とされるスサノオですが、その事も含めて、元々あった倭の神話をベースにした大和政権の建国神話に出雲王朝を取り入れるために、後から組み込まれた人物だと考えました。
スサノオを出雲王朝の祖とすることで、大和と出雲が同根であり、その国を譲られた大和の正統性を主張する、という立て付けになっているわけです。
そのために、「高天原」でのスサノオは、出雲王朝の祖するために、追放ありきで話が語られるという事になっているのです。
結果として、「天岩戸」の事件の責めを受けて追放されるのですが、今回はその「天岩戸」の事件について考えます。
乱暴狼藉のスサノオ
「天岩戸」の事件については、疑問点が多いのですが、順にみていきたいと思います。
先ず、「誓約」のが終わった後に、スサノオが乱暴狼藉を働くようになります。
「誓約」の結果として冤罪に陥れられたとかでもなく、むしろ良い結果だったのに、いきなりの乱暴狼藉です。
全く意味不明です。
隠れるアマテラス
その狼藉の結果亡くなる者まで出て、アマテラスが怒ってしまいます。
これは当然としても、その結果「天岩戸」に隠れてしまうのですが、これがまたちょっと変です。
「誓約」の前に、スサノオがアマテラスに会いに来たのを、攻めて来たと勘違いしたアマテラスは、重武装をしてスサノオの前に立ちはだかっているのです。
そのアマテラスが、スサノオを捕まえるなどするのではなく、「天岩戸」に隠れてしまうというのはいかにも不自然です。
存在感の薄いスサノオ
隠れたことにより世のは闇に包まれてしまい、それに困った神々の策によってアマテラスは「天岩戸」の岩戸から出てくることになり、光が戻ります。
スサノオは、この事件の罪を償うために、高天原から追放されるのです。
最後の疑問点は、この話を通じてスサノオの存在感が薄いという事です。
確かに乱暴狼藉を働いたという話なのですが、スサノオの言葉というのは出てこず、アマテラス側の話ばかりです。
アマテラスが「天岩戸」に隠れて以降の話も、神々は出て来ますがスサノオは出て来ません。
アマテラスの行動に反応して、謝りに来るなり、狼藉を働きに来るなりしてもいいようなものですが、何もありません。
そのアマテラスも、再び出て来た時に、隠れることになった原因のスサノオについて尋ねるようなそぶりも有りません。
「どうしている」とか、「どこに行った」とか聞いてもよさそうなものです。
そして、全てが終わった後にスサノオは、取って付けたように罪に問われ追放されてしまうのです。
取って付けられた話
そう、正に取って付けたようなのです。
この「天岩戸」の話も、元から倭の神話として存在したものなのではないでしょうか。
理由は分かりませんが、「天岩戸」に隠れてしまったアマテラスが、神々の策により再び外に現れて、光が戻る、という元々の話の前後にスサノオの話を付け加えたのではないでしょうか。
そのために、唐突ともいえる乱暴狼藉の話や、「天岩戸」に隠れて以降全く出てこないスサノオ、という事になってしまったのでしょう。
ところでこの話、スサノオを捕まえて、亡くなる者まで出た乱暴狼藉の罪で追放すれば済んだ話ではないでしょうか。
それをわざわざこういった形にしたという事は、「天岩戸」の話が倭の神話として欠くことの出来ない話だったという事でしょうか。
それにしても、「誓約」とその後の乱暴狼藉の部分のつなぎは、もう少し何とかならなかったですかね。
ではでは


