枢軸時代について考えた話です
前回の話
3人が生み出したものは、いずれも超越的なものによらない新たな考え方でした。
それがほぼ同時期に地理的に離れた地域で独立に起こっており、まとめて「枢軸時代」と呼ばれています。
そして、その「枢軸時代」が生じた要因を、「人類が精神的に覚醒した」とする考え方もあるのですが、それは考え難いのではないかという内容でした。
では「枢軸時代」をどう考えるのかという事ですが、複数の事象が有って、それらを説明する要因を見付けたいと思った時には、全ての事象に共通する事柄を探すというのが常套手段の一つです。
という訳で、彼ら3人が新たな考え方を生み出した時の状況を調べてみました。
孔子について
春秋時代は、それ以前の周(西周)王朝が約300年弱続いた後の、それ以降の動乱時代です。
周王朝の力が衰える中で、各地の諸侯が覇を争う時代でした。
孔子はその中の魯国に生まれました。
釈迦について
インドの釈迦は、十六大国と呼ばれる国々が覇を争っていた時代の人になります。
インド(北部インド)では、紀元前1000年頃からバラモン教と共に、農耕社会が発展した様です。
その中で、バラモン教によるカーストの最高位であるバラモンの絶対的権威が低下する中で、諸勢力が台頭し十六大国の時代となります。
その十六大国の内の一つのコーサラ国に、釈迦は生まれました。
その領域内に居住していた釈迦族に属していたという事のようです。
ソクラテスについて
ギリシャのソクラテスは、多くの都市国家ポリスが覇権を争っていた時代の人となります。
ポリスが発達する前には、ギリシャではミケーネ文明が栄えていました。
そのミケーネ文明が崩壊し、その実態があまりよく分かっていない「暗黒時代」と呼ばれる時期を経て、各地にポリスが生まれてくることになります。
群雄割拠の時代
以上見てきたように、3人共にいわゆる群雄割拠の時代に生きたという事が言えそうです。
しかもそれだけでなく、群雄割拠の状態になる以前に一定の社会システムが存在し、かつそれが崩壊する過程を経て来ているという点も共通していると言えるでしょう。
これが、彼らがその考え方を生み出した要因でしょうか。
もしそうだとしても、もう一つ解決すべき疑問が残ります。
それは、こういった状況が、離れた地域でほぼ同じ時期に起こっているという点です。
一定の社会システムが存在した後に崩壊し、その混乱の中で、少なくない勢力が覇を目指して争うというのは、それほど珍しくもないとも言えそうですが、それが三つの地域でほぼ同時に起きるというのは、偶然とは考え難いです。
何か、それを必然とするさらなる要因がありそうです。
そのさらなる要因に関しては次回で。
ではでは